01/24/2016

伊江島

2016/1/19 から沖縄に行ってました。

今回は、そのうちの伊江島編。沖縄本島の本部半島から9kmほど離れたところにある島です。

その中央付近にある伊江島タッチュー(城山)の特徴ある形で遠くからでもすぐにわかる島です。前から行きたかったんですが、今回やっと渡ることができました。

まずは泊まっているホテルから本部港までドライブ。そこから30分ちょっとの船の旅です。

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村営フェリーです。「ぐすく」とは「城」の意味です。城山からなのでしょうね。

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目の前の瀬底島をかすめて東シナ海へ出ます。

 

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ちょっと揺れましたが、この日は35分ほどで伊江港に到着。

↓は⇨で見るとパノラマになりますよ 伊江港

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最初の目的地までは歩いいて行きましたが、道は真っ直ぐだ

 

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で着いたのがこちら「ヌチドゥタカラの家」。反戦平和資料館です。いろいろな立場の人にそれぞれ主張はあると思いますが、やはり重いです。

 

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タクシーを呼んで、タッチューへ。 

 

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二段階になってますが、屈曲点のあたりに展望台があり、ここまでは車で一気にいけます。 

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全体で172.2m程度なんですが、ここから上の傾斜がすごい。とても珍しいオフスクレープ現象によるものということですが、海底からここまでどのくらいの時間があれば上がってこれるのか。

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何はともあれ、登ります!

 

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まぁ片道10分くらいなんですけどね。

頂上からの360°展望はこちらで タッチュー!

遠くに伊江島空港、そしてまだまだ広い米軍接収地が見えます。

頂上には、四等三角点が置かれています

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展望台のそばには、拝所があります。城としての詳しいことは、発掘調査も進んでいないために、まだよくわかっていないようです。

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街まで下りてきて、すずらん食堂で昼食。手前がポークたまご、向こう側が焼きそば。いわゆる沖縄そばの麺なので結構なボリュームです。

謎の泡汁つき。 

 

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伊江島は沖縄戦で激しい戦闘が行われた土地です。沖縄戦で犠牲となった島民、軍人合わせて約3500人をまつった芳魂之塔があります。

 

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塔の近くには、島村屋住居跡が復元されて(で、またほぼ朽ちていますけど)いて、こちらを訪ねて、お茶とお菓子、黒糖でくつろがせていただきました。

 

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で、そこにはハブの「生態」を見ることができるというものがあるんですが。

これね、怖いんですよ。

飼育箱の上段はハブの皆様と数匹のネズミ(ハツカネズミかな、白くて小さいの)が一緒になってます。ネズミはちょろちょろ動いてるんですが、あれって、餌?

 

下の段はネズミの飼育用らしく、数十匹あらっしゃいます。あえて中が良く見えない写真を置いておきます。

 

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ここにいる間、キャーキャー言う子供の声が聞こえていて、いったい何が起きているのかと思ったんですが、振り返ってみると城山が見えます。直線距離で4、500m離れているんですが、頂上で叫んでいるのが聞こえてきているんです。手持ちカメラのズームで撮ってみたらこの通り。

 

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ここからのんびりと伊江港まで歩いて行き、最終のフェリーで本当に戻ったのでありました

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03/18/2007

沖縄最終日

さて、最終日。

チェックアウト前に着替えなどの荷物を一つの大きめなスーツケースに詰め込んで、送る準備。(結局詰めすぎで、重量オーバー、二つに分けることになったんですけどね)

相方+お義母さんとはここで一旦解散して別行動です。

私は、ロビーラウンジで三回目のホットサンドとコーヒー。ゆるゆると本を読んでから出発。しかし、眠いです。本当に眠い。

眠いよぉ、眠いよぉとぶつぶつつぶやきながらまずは久茂地へ。
あてもないけど、国際通りを安里に向かってプラープラーと歩きます。どっかの映画館にでもはいって寝ちゃおうかなぁ、なんてことを思いながらも、ひたすらプラープラー。国映館のコンペ候補(最終選考はもう終わったのかな?)の絵を眺めても、ふーーんと思っただけだ。

公設市場を抜けてから、知らない道、知らない道と選んで歩いているうちに与儀の辺りにでてしまいました。あぁ、そういえばお義父さんの寄贈した資料があるんだよなぁ、と思ったので、県立図書館によってみることにしました。

資料検索でお義父さんの名前を入れてみると、家系図がヒット。そうか、他の資料は昔のパスポートやら何やらだから著者としてはでないよなぁ。ちゃんと見られるようになっていることを確認し、安心したので小一時間図書館でうとうとしていました。

# 迷惑な客だなぁと思うけれど、まぁ空いていたし、同じ目的と思われる人達も結構いました。

図書館をでてから、またもやプラープラーとしているうちにまた国際通りにでました。最近再開発の進むこの一帯、今のうちに見て置こうかなぁ、と思って桜坂、xxあたりの「社交街」をのぞいてみました。

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残っている方が、写真の通りなんですが、道の向かい側がごっそり取り壊しになっていたりします。今度来る時(いつになるかわかりませんが)にはどんなふうになってるんでしょうか。

ゆいレールの牧志駅に出たところで、一日券(六百円)を購入。もうこうなったらゆいレールで時間つぶしだ。

まず向かったのは「おもろまち」しばらく前には影も形もなかった街だ。でも、買い物に興味はないので、当面縁はなさそうだなぁ。

# ずっと前に、友人の結婚式に来た時に、お邪魔させていただいたこちらにお住まいのお友達のマンションがあるので、買い物だけの縁ではないですけどね。

というわけで駅の周りをちょっと歩いてから免税店をのぞきましたが、入り口付近のレンタカー屋さんのカウンターを確認しただけでした。

次に、ゆいレールで首里駅。昨日は一つ手前の儀保で降りたので、やっとこれで完全制覇だ。

駅のすぐ近くの「すいそば」でそばを食べてから首里城公園の端っこくらいまで行って見ました。ちゃんと入ろうとすると入り口まで十五分くらいかかるんじゃないかなぁ。駅からバスの案内があったりしたけど、ちょっと首里城を見に行くか、って時にはお勧めではないようですね。

もう、この辺で面倒くさくなってきたので、空港に行ってしまうことにしました。ゆいレールを端から端まで乗って空港に到着すると、携帯にメール着信。なんと、美ら海に一緒に行った二人が、ちょうど空港についてキリンの店に入ったというじゃないですか。

こっそりと、店を急襲。思いがけずもう一度会えたところで、しばしおしゃべりをしていました。

セントレアに向けて先に出発する二人と別れて、ゲート付近でこれを書いています。ネットにつなげないので、アップロードするのは、今晩か、明日になるか。

# って、十二時すぎちゃいました。羽田からたまプラーザまでバス、長津田まで電車、そして最後はタクシー。

風呂入って寝よぉっと

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03/17/2007

さて、沖縄五日目

さてさて、フルに使える最終日。

えらいなぁ、人生という先生に教えてもらった私共は飲酒組、非飲酒組を同じ時間で拘束するなどということはせずに、集合は十二時にゆいレールの儀保駅というなかなかおしゃれなもの。

はい、わたくしのせいでございます。

相方とお義母さんは早めに儀保の永年のお友達の家にタクシーで到着。(ゆいレールで行くって言ってたのに……)

私はといえば、ぐだーーっと寝てから、本来朝食券であるものをサンドイッチ+コーヒー券として使用。ホテルの近所(というか、標高が下?)の壺川駅(ちなみに、本邦最南端の鉄道(ちょっと疑義があるが)駅でございます)から儀保までゆいレールに乗車。安里からの坂をぐわーーっと登り、儀保に到着致しました。

駅から首里城などの写真を撮っていると、相方から電話。そのまま、お義母さんのお友達の家に向かいました。

この首里での集いでは、お義母さんの女学校(いや、下手をするとそれ以前?)以来のお友達と、そのご主人が集まっていたのですが、なかなか濃いメンバーでございました。

集まられた中には「ゆいレール」の建設、及び利用促進のためのメンバーの方が居られたりして面白かったです。

途中から、戦中のことに進んで行きます。

# とても変な言い方ですあ、私は、この様な話題は好きです。聞いていてとてもつらいし、「死ぬまで知らないで済むなら知らないで済ませたい」という気持ちはありますが、そうもいかないので、であれば、ちゃんと知っておかなきゃいけないし、機会があるのであれば知ろう、と思うのであります。沖縄の暗黒面と呼ぶ人達もいらっしゃいますが、それは違うと思います。確かに暗い面ではあるけれど、無視してはいけない、つい最近、そこにあった現実です。

さて、さて、話は「とても明るいまま進んで行きます」。疎開に行った人、残った人、乗ったばかりに死んだ人、乗ったから助かった人……

今となっては、全て、偶然と、運と、、誰かの意思の彼方のものです。

義母とそのお友達、合計四人、そしてそのご主人たちは、皆それぞれに違った戦中戦後を過ごしました。

内地に疎開した人、戦地として台湾で終戦を迎えた人、そして沖縄に残り、七回もの直近への爆撃を経験した人……

変な理屈やら、なんやらなく、皆さん、本当に強いです。彼女たちの口から語られる、南部・島尻に押し込まれて全滅していこうとしている沖縄民・帝国軍の最後、そして全てがひっくり返ったあとの占領時代の明るさ。

# はい、人は、小ずるいことを一杯やります、。そして、余裕のある連中はそれを許すんですね。余裕のなくなったベトナム戦争時代の米軍の話も話題になりました。

理屈でも、何でもなく、この人達が今日を創ってきたのだなぁ、という思いで胸がいっぱいになりました。

首里での集いのあと、一旦タクシーでホテルに戻ったあと、三人で「県立郷土劇場」に行き組踊りの公演を見てきました。

# 以前から見たかったんですが、今回やっと見ることとが出来ました。

公演終了後、タクシーで久茂地辺りまで移動(ほとんど基本料金だ)、そこらの居酒屋で食事込の飲み。

三人でホテルに戻って、明日の計画を確認してから、私は単独でまた再出陣。

天地が営業しているのは確認したのですが、マスターは出店していない。(なんか、字が違う気もするけど)、浜松からの友人夫婦はもう丘の上のホテルに戻っちゃった。ということで、初日から気になっていた県庁側のアイリッシュバーに行って来ました。

さて、ホテルから出て坂を下って行き、店に入ってみると、やけににぎやかだぞ。日本とは思えないし、沖縄とも思えない、それに、店内がなんだか緑だ!しまった、セント・パトリックス・デイだ!

先週、カリフォルニアでTシャツ買ったのになぁ……   まぁ、聞いてみたら、本番は明日らしいけど、関係ないなぁ。

店内は、今日(多分明日も?)キャッシュ・オン・デリバリーだし、店の奥にはアイリッシュな(いや、本物がどんなもんかは知りませんよ、私)バンドが生演奏。すごく、いい感じ。

カウンターの隣には、アイルランド旅行を夢見た女の子の二人組が、ガイドブックを読みながら、カウンター内のお兄さんとたまーーに英語で話してます。(おにいさんもうちなんちゅーーですが)

いやーぁ、堪能致しました。

明日は、相方+お義母さんは市場その他お買い物攻撃の予定ですが、さて、私はどこを攻めましょうかねぇ……

そして、週明けからは、二週間振りに通常勤務だ……  いらん

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03/16/2007

沖縄四日目

さて四日目。八時にホテルで朝食。九時過ぎにチェックアウトを済ませ、荷物をレンタカーに載せてお隣の海洋博記念公園駐車場に移動。(泊まっているあいだであれば歩いて行けます)

まずは、第一のお目当てである「 海洋文化館に入場。見事に、我々三人で完全貸し切り!

太平洋圏の文化に興味があれば、ものすごいコレクションなんだけどなぁ。一時間見たけれど、全然時間が足りませんでした。

# 案内には、標準30分と書いてあった。

世界に三個のクーのレプリカなんて、えらく軽く扱われてるしなぁ…… ま、いいか、見たい人がゆっくり見られるようになっていれば。

10:30からプラネタリューム(もちろん三人で貸し切り)を見てから、友人と待ち合わせの美ら海水族館へ移動。

ここからは、五人で行動。一時間半ほどかけて水族館を見てから、名護市方面に移動。我部祖河食堂本店で遅めの昼食を食べてから、おじさんのやっている古我知焼窯元へ。

数年前まではおじが一人でやっていましたが、数年前から従姉妹が参加。とてもいい雰囲気になっていました。

# 後日、Webの方をアップデートしよう、と思います。

ここで友人夫婦と別れて、今度は屋我地島の親戚の家に。

明るいうちに見ておきたかったので、まずは、古宇利大橋を通って古宇利島に行って見ました。

きれいな橋ですねぇ。

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これから訪ねる親戚が営んでいる(た?)民宿にも随分と、この工事の関係者が泊まっていたようです。

橋を越えてから時計回りに島を一周してから、親戚の家へ。先ほどの家も、ここも予告無しのアポなし訪問なので、さすがに驚いていました。

# そりゃぁ、そうだよなぁ。横浜にいる親戚が、ポロッと来るとは思わないですよねぇ

昔のこと、これからのことなんかも交えて、ゆんたくタイムがすぎて行きますが、適当な所で切り上げて、那覇に向かって出発。八時までにレンタカーを返さないといけないので、ほんのちょっと焦りながら沖縄自動車道を南下。タイムリミット20分前に無事到着。タクシーで、一昨日の朝チェックアウトしたハーバービューに再度チェックイン。さて、食事に行こうかと思って、念のために無線LANの具合をチェックしたら、全然ダメ。

いろいろとやった揚げ句フロントに電話をして、別のキットを持ってきてもらったりいろいろとしたけど、どうもまともな強度で電波が届いていないとしか思えません。

担当の人がフロントに戻っていろいろとチェックしたところ、どうも、部屋の位置が悪いみたい。結局、別フロアの部屋に移動させてもらいました。こちらの部屋ではばっちり。担当の人と思わず笑みを交わしてしまいましたよ。

相方とお義母さんもついでに同じフロアに移動させてもらって一件落着。客室の最上階でなかなか良い感じです。

このあと、近所の飲み屋に行って刺し身、沖縄料理をいただいて、ホテルに戻ったのでありました。

さてさて、明日はどこへ行こうか。 と、部屋で泡盛飲みながら書いております

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沖縄三日目

さて、三日目は、今回メインのおじさんの十三回忌。

いい具合に時差ボケと前日の泡盛でぼーーーっと起きた朝。相方とお義母さんと一緒ホテルの朝食を食べてから、二人が買い物(主にこちらで渡すお土産調達?)に行っているあいだに二度寝。

11時に一旦チェックアウトをするので、その時間にロビーで集合。諸々の時間調整のためにロビーラウンジでお茶。

大きな荷物をホテルに預けてから、タクシーで十三回忌会場であるおばさんの家にタクシーで移動。十三回忌ということで、基本は仏教なんですが、いろんなことが沖縄風。

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何よりびっくりした(と言うより、ヤッパリと思った)のは仏壇前の準備が終わってから、「ひぬかんはありますよね?」と言って、助手の方がやおら台所に向かい、そこでも何やらお祓い(と言うのだろうか?)の準備を始めたこと。ひぬかんもお坊さんのテリトリーに入っていたのか。

# ひぬかん=火の神 詳しくはどこかでお調べください。

お坊さんが帰り、一気に和やかになってから、今度は一周忌と十三回忌のために、二度にわけてうちかび(打ち紙と書くのかなぁ、紙で出来たお金です)を焼いて、それから法要で使った卒塔婆(かなり薄い木で作ってあります)を家族が焼くというイベント。(お炊き上げか?)

その後にトートーメ(まぁ仏壇ですね)継承問題(さすがに席を外しました)などが語られながら、シーミー盆のようなお弁当をいただきました。

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↑こんな感じの内容を折に詰めていただきました。

家の中あちこちで話は盛り上がっていたのですが、我々は、レンタカーを借りて山原に移動しなくてはならないので、適当な所でお暇致しました。従姉妹にレンタカー屋さんまで送ってもらって、そこからは沖縄自動車道に乗って一気に山原。許田ICから一般道で美ら海水族館のところのホテルにチェックイン。ここでは、インターネットにつなげる訳ではなく(ロビーの近辺ではつなげるらしいですが、試していません)、ホテル内で食事をしてから、相棒シーズン最終回をみながら、お昼の折り詰めをつまみにコンビニで買った泡盛をちびちびやっておりました。

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03/14/2007

そして二日目の夜は

NHK教育の番組を聞きながら、部屋でウトウト。時差ボケ+旅行ボケで最強の状態での昼寝。うーーん、気持ちいい。

夕方になって、隣室の相方(相方とお義母さんが同室、私は一人部屋)から電話で、そろそろ出かけるぞ、という指令。

三人でタクシーで辻方面へ出撃。

二三年前は牧志のお店で元気にお店をしていたおばぁが、調子が悪いと言うことでお家に訪ねました。思ったよりお元気だったのですが、残念ながら直前の記憶が持たないようです。同じ話を繰り返しながら、でもとてもうれしそうにお義母さん、相方と抱きあっている姿は、それはそれですてきでした。

# 実の父母、祖父母全滅の私としては、本当にうれしかったです

昔の記憶はしっかりしているんですが、最近(って、きっとここ1,20年か)の記憶はあいまいなようで、私のことは、相方の弟と思ったようです。はい、弟になり切りましたとも。

さて、そちらを辞去してから今度はバスターミナルに。ここは、お義母さんの実家があった辺り。当時の家は今もターミナルに残る「仲島の大石」のすぐ前だったそうです。小さい頃ここに上って降りられなくなって泣いた話など、普段聞くのとは一味違った話を聞かせてもらいました。

ここから、国際通りに向かい宮古そばの店で夕食。お義母さんは、また別の伯母さんのところへ。私たちは週末に会うおじさんへのお土産のためのオールドパー(この辺が沖縄だなぁ、と思う)を買うために三越方面へ歩いて行きました。

途中の観光客向けの泡盛の店を何件か冷やかしたんですが、三件目に入ったお店の人がいろいろと詳しい+本当に泡盛が好きそうなのでここでお土産用を含めて7,8本買って家に送る手配をしました。

最近は、東京近辺でも、かなりマニアックな泡盛が手に入るようになってきたので、なかなかお土産に買おうっていうのがないんですよね。今回は、そんな中から何本か買ってみました。

泡盛を手配したあとに三越の裏の方にある酒屋さんでオールドパーを無事ゲット。あんなグレード初めてみた。(って、あの辺のお酒全然詳しくないですけど)ホテルに帰還。

しばらくするとお義母さんが帰ってきたので、相方と二人で再出撃。先ほどホテルに戻る時に見かけて良さそうだった「酒庵もも」という店(那覇市泉崎2-17-15 098-854-1492)に行ってみました。

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入るとすぐに、「うちはメニューがないんですけど良いですか?」と聞かれちゃいます。あれ、と思ったけれど、結構ですお願いします、と言うと苦菜と豆腐の和え物、と、と、あれなんだっけ。三種盛りだったんだけど……だめだ酔っぱらい覚えていません。まぁ、付きだし的なモノが出て、私は泡盛、相方は最初はコーラ(あとはお茶)をもらいつつゆっくりとさせてもらいました。

チャンプルーなどは出来ると言うことなので、途中でゴーヤチャンプルーをお願いしたんですが、これが今まで食べた中でもダントツにうまかった。ゴーヤ、豆腐、ツナ(トゥーナと言うべきか?)を玉子で最後にとじたものですが、抜群でした。うーーむ、奥が深いぞゴーヤチャンプルー。

トイレに行って席に戻る時に店内を見てみると、睦稔さんの10年以上前の作品が(私この頃のが大好き)かざってあります。「睦稔さんですねぇ」と言ったら、なんとお兄さんのつながりだそうです。

最近の弔事のこともご存知な様でした。さすがうちなぁ、あっちこっちでつながりますね。

最後の方では、これまたおいしい豆腐餻も出していただいて、大満足。土・日・祝日はお休みと言うことですが、今度また来てみたいです。

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03/13/2007

首里城

沖縄第一ホテルでの朝食を終え、土砂降りの中タクシーを拾い、お義母さんを三越で降ろしてから、私たちは首里城に向かったのでした。

実は、グスクそして石垣マニアの私としては、首里城の新しい整備区画の書院・鎖之間を見に行ったのであります。

ところが、タクシーから降りる時に腰に走る痛み。そう、実は朝ホテルの部屋でかるーーく腰を痛めちゃったのでした。疲れてる時にたまにやっちゃうんですが、さすがに11時間半のフライトの翌日の再移動は体に効いちゃったんですかねぇ。

そんな訳であんまり歩く気がしないし、雨も強くなるしで、首里城に着いていきなりレストハウスに避難。とりあえず傘でも買っておくかと売店をのぞいたら見知らぬおば様が「これあげるわ」。

どうやら、買ったけれども、すぐ今日の飛行機で帰るので処分に困ったらしい。600円の傘、頂きました。

しばらく休憩していたら、一転晴天になってきました。このすきに見に行くことにして城内へ。

以前は行けなかった京の内から城壁の上を歩いて行くと、見たかった書院・鎖之間の外側が見えます。

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今までの建物とは随分違った感じですね。元々北殿に対して質素な感じの南殿の裏にある建物ですが、良いバランス。10年もすれば、古び具合もあうのかな。

# ツアーの人を相手に説明をしている人がいるのですが、相変わらず「第二次世界大戦の時に米軍の攻撃で破壊された首里城」みたいな説明をしているの困ったもんだなぁ、と。確かにその時にも壊されたけれど、とどめを刺した(そして、後世のための資料をろくに残さなかった)のは旧琉球大学の建築だったことを忘れちゃいけないと思うのです。何でもかんでも人のせいにしちゃダメだよぉ。

元気と天気が良ければ、歩いて安里の方まで降りたりするんですが、今日はダメ。ゆいレールの駅まで根性もなし。というわけで、またタクシーでホテルに戻りました。

部屋に戻って湿布を貼ってもらい、私は休憩することにしました。その間、相方はホテルの近所の小さな頃住んでいた辺りを探索に出かけました。

しばらく振りにのんびりとした午後、お供は剣客商売第7巻でした。

夕方に親戚のところに行くまで、昼寝でもしようかなぁ

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念願の朝食@沖縄第一ホテル

以前からお噂はかねがね、という沖縄第一ホテルの朝食を食べてきました。

泊まっているホテルからタクシーで10分ほどで、安里交差点近くのホテルに近い交差点まで着きました。

# ここまで乗ったタクシーの運転手がとてもひどかったんですが、思い出してもムカムカするぅ

9時からの予約をしていて、同じ時間では、私たち(相方と、お義母さんと一緒)三人以外に二グループいて、全部で十人でした。

最初にテーブルに並んだものを見て、「あれ、これだけ?うーーんさすがに足りないぞぉ」と思ったんですが、とんでもない。

数多くの品が少しずつたくさん出て来るので、テーブルの上では2.5回くらいのローテーションでした。

いやぁ、満足満足。一つ一つについては、今まで食べたことがあったり、どこかで食べることが出来ますが、あれだけまとめて出て来るとすごいなぁ。最初に出たゆし豆腐はお義母さんも懐かしがっていました。(なかなか新鮮なのは手に入らないですからね)

移転の話も進んでいるようですが、まだ二三年は今のところで大丈夫のようです。

# 隣のグループの人が「去年もあと二三年って言ってたわよねぇ」って言ったら「粘ってるんです」って答えてられていました。

ソトを見ると、土砂降り。

さて、どうする

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11/22/2006

チュラマナ、ジュニア、そしてダニエル

昨日は、念願の生チュラマナ。しかも、かぶり付きと言うか、砂かぶりと言うか、お客様踊り子さんに手を出さないでください、っていうくらいの至近距離。会場自体がライブも出来る普通のお店、ということでキャパは4,50人?

そして、目の前のステージでは……

フロントにはきれいなお姉さん二人、後ろには酔っ払いのお兄さん二人 :-)

いや、楽しかったなぁ。演出に凝った大きいホールで観るのも良いけれど、あのサイズの一体感っていいですね。

そして、チュラマナの後にはハーブ・オータ・ジュニア、ダニエル・ホーの二人のステージ。

私たちの席の前の床には、曲順票がポンと置かれてる。(だから、後半でいきなり一曲パスしたのも知っているのだ)

いやぁ、この二人も、うちの近所で生でみられるとは思ってもいませんでした。

最後は、ハワイ関係ではお馴染みの、みんな手をつないでハワイ・アロハの合唱。

終演後、アラニさん、ゲレンさんの酔っ払い二人^H^H^H^H^H^H素敵な二人のミュージシャンともいろいろとおしゃべりが出来て楽しゅうございました。

# 今度は、三線と島歌の歌者の加わったハワイ・アロハを聞いてみたいなぁ。

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11/17/2006

ちゅらさん4

来年の正月(?)にちゅらさん4やるんですね。

そろそろキャストの年齢がうまく合わなくなってきそうですねぇ。

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