05/04/2019

2019年ゴールデンウイーク 茨城編 その3 つくばりんりんロードに沿って北上

二日目は、旧つくば鉄道の廃線跡につくられた「つくばりんりんロード」沿いに北上していきました。

 

つくば駅近くの駅を出発して北上。まずついたのは、小田城です。

 

小田城

 

最近では最弱戦国大名などと言われている小田氏治の居城として有名です。

本丸のど真ん中を旧筑波鉄道が貫通していました。

まずは案内所により、資料をもらい案内ビデオを見ました。そこでも説明されるのですが、この城は鎌倉時代から戦国時代の終わりまで400年以上使われたのですが、その間の変化が面白い。

特に本丸のあたりですが、大きな枠では同じ位置に同じようにあるのですが、どうやら輪郭がずいぶんと変化したようです。当初は、比較的単純な方形の居館だったものが、戦闘を意識したものとなっていく過程で、隅部の張り出し及び築山が設けられたようです。

私の興味のある琉球のグスクで見られる曲線累線の発生過程とつながる例なのかもしれません。このあたりのこと、今後、もっと調べていこうと思っています。

 

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城とは別に、このつくばりんりんロードは以前から自転車で走ってみたくて、何度も計画を立てていますが、なかなか実現しません。いつか実現させなくちゃ。

 

平沢官衙遺跡

次に向かったのは、平沢官衙遺跡。ここは、平沢官衙遺跡歴史ひろばという公園として整備されており、三棟ほど復元建物もあります。

奈良・平安期の常陸国筑波郡に置かれた官衙跡です。

こちらでも紹介ビデオをじっくり見ました。それぞれ違う形式の三棟の復元の様子も興味深いものです。

近くの田んぼでは蛙が盛大に鳴いていましたが、そういえばこの辺は筑波山の近く、ある意味本場ですもんね。

 

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このあたりで昼食をとって、次の目的地は真壁城。

 

今回はレンタカーで動いたんですが、ついていたナビには苦労しました。

なにしろ、今回行こうと思ったような所はほとんど検索で出てこない。仕方がないので、iPhoneのグーグルマップとの併用になりました。(事前に地図は準備してあったので、いざとなったらそちらを使うからいいんですけど、せっかくあるんでね)

 

真壁城は、近くまで行っても看板もない。

 

きっとここだと思って入った細い路が、真壁体育館の駐車場につながっていました。車を止めて見回すと、真壁城の案内板。

もう少しわかりやすくてもいいのになぁ。 (城内の発掘調査、整備が続いているようですから、今だけの問題かもしれません)

 

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真壁城の次に真壁の町並み見学です。長く栄えた街、特に商業が盛んだったという土地です。古い建物が多く残った町並みはそれなりに見応えがあります。一般にはひな祭りの頃が観光シーズンだそうです。

 

町中で最初に行ったのは、真壁伝承館という資料館。歴史博物館として楽しませてもらいました。

 

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このあとしばらくは町中を散策。

 

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洋品店を改装したというカフェでは、とても珍しい梵鐘(サイズからすると半鐘になるようですが)が吊されています。これは、関東唯一の梵鐘メーカーである小田部鋳造製の釣り鐘。いくらでも叩いてください!とのことでした。

 

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ちょっと時間が余ったので、ホテルを通り過ぎて、茨城の話題でよく出てくる牛久大仏まで行ってみました。

時間が遅かったので入場はできませんでしたが、まぁ外から見れば十分かな。

 

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つくばのホテルに向かう間に珍しい「幻日」を正面に見ながらのドライブ。なんとも不思議な感覚でした。

 

 

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05/01/2019

2019年ゴールデンウイーク 茨城編 その2 美浦村編

まず初日の4/27に土浦駅からレンタカーで向かったのは、かつての職場のある美浦村。「みうらむら」ではなく「みほむら」です。

 

1983年の4月から翌年の秋まで、ここの工場に通っていました。朝早く、夜遅い生活で周辺のことは全然見てませんでした。なんてもったいない。

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最近になって色々と調べると、このあたりにも一杯見所があったようです。上の写真の左側の茂みも実は古墳。木原白旗古墳群第2号墳(白籏石尊古墳)という前方後円墳。

すぐそばにも何カ所も古墳がある土地でした。写真の右手前あたりも遺跡。このあとに行った美浦村文化財センター(陸平研究所)の展示で色々と勉強できます。

 

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このあと、半十郎というそば屋で昼食をとってから陸平貝塚へ。

 

陸平貝塚(おかだいらかいづか)

 

大森貝塚で有名なE.S.モースの弟子の佐々木忠治郎と飯島魁が,1879年に発掘したもので,日本人の手になる発掘の第1号として有名。文化財センターでは、そのときの《Okadaira Shell Mound at Hitachi》(1882)も展示されています。 日本人学者による最初の考古学発掘調査ということになりますね。

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駐車場近くの文化財センターでは、発掘調査の様子を記録したビデオや、発掘物などを見学できます。

今回、説明をしていただいた方と話しているときに説明写真に会社が写っていたので、「私、昔ここで勤めてたんですよ」と話すと、「じゃぁ、岡野さんご存じですか?」とのこたえ。

知ってるもなにも、私がお世話になった直属の上司でした。膵臓ガンで2013年の暮れに亡くなられましたが、地元美浦出身の方で、歩いているときも思い出し続けていた方でした。なんでも遠縁にあたると言うことでしたが、あまりの偶然にびっくりしました。

 

さて、貝塚。数千年間使い続けられた貝塚で、一番厚いところでは4.5mもの貝層が確認されています。

 

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今はきれいに手入れされていますが、当時は木が一杯だっただろうに、よくぞ発見してくれました。

 

車で、少し土浦方面に戻って、木原城です。

 

木原城

 

到着するちょっと前から雨が降り出し、場所だけ確認しておしまい。以下は、4/29に再訪したときのものです。

木原城は、二の曲輪、詰曲輪のあたりが城址公園として整備されています

公園の広場の周りを囲む土塁など、遺構もそこそこ残っていて楽しめます。

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再挑戦

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写真ではわかりにくいですが、堀もなかなか大規模でおどろきました。

 

 

広場の中には展望台があり、周囲を一望できます。 

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広場内の通路も、実は遺構のなごりでもあります

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水神宮

 

会社は、霞ヶ浦沿いの高台にあるのですが、そこから霞ヶ浦の方に下りていくと、水神宮という社があります。すぐ隣が漁港になっています。霞ヶ浦沿岸には多くの水神宮、水天宮があるそうです。こんなことも知らなかったなぁ。一帯なにしてたんだか。

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ここからは、つくばにとったホテルに向かいましたが、その途中で予科練平和記念館によりました。以前、館外の零戦、回天の展示は見たのですが、今回はやっと時間がとれて館内の見学がかないました。

予想してはいたのですが、やはりつらいです。予科練生達、しっかりした顔をしていましたが、みんな子どもです。二度と、こんなことをしなくて済むように。

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04/30/2019

2019年ゴールデンウイーク 茨城編 その1

平成から令和またぎの10連休。 

ここまで、あんまり体調が良くなかったので、特に予定もしていなかったんですが、一週間前に急遽「やっぱりどっか行きたい」ということで、探したのでした。

 

以前から何回か計画を立てたけど実現できなかったつくばりんりんロードとかつて働いていた美浦周辺の城巡りを決行。

 

二晩連続では望んだような部屋が取れなかったので、

 

その1は、足について。 

普段は、近距離せいぜい渋谷か永田町あたりまでしか乗らない田園都市線に乗り、そのまま北千住まで。そこからJR常磐線で土浦駅。

近年茨城県が自転車を核にしたキャンペーンを色々やっていますが、土浦駅もあちらこちらに自転車関係のディスプレイ。

到着前日に新しいカフェやらなんやらもオープンだったようで、なかなか賑やか。昔の土浦駅を思い出すと……

 

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二年ほど前までは、ほとんど車を運転しない状態だったこともあって、旅行中もなるべく公共交通機関+徒歩で移動していました。 

しかし、今回はそこそこ広い範囲を移動しようと思っていたので、レンタカーでの移動。

こんな車。なにしろ車には興味がないので、予約したものの上のクラスになったと言うことで車名を言われたけど???状態。また、タイヤ四つだし、まぁいいかと。

 

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このままかつての職場のあたりまで行って、昼飯を食べるところを検索するとそば屋があるというので、こちらへ。なかなか美味しかったなぁ。

 

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でも、昔いた頃は、この辺には食べ物屋があるかどうかも知らない状態。唯一の例外は、通勤路に大きな看板があった「予科練そば・うどん」、まぁ入ったことはないんですけどね。(というか、当時まだ営業していたのかも不明)

 

帰りも同じコースでしたが、北千住で駅の外に出て、ちょっと面白い魚主体の飲み屋で飲み食いしてから。東武・メトロ・東急をまたぐ長距離通勤電車で帰ってきました。

 

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これに乗ったわけではない

 

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こちらでもない :-)

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04/08/2016

2016/4/5 難波

ぼたん鍋の翌朝は、麦とろ付きの朝食。

 

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宿の直前のバス停から篠山口駅まで移動しましたが、その前に写真を何枚か。

 

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昨日と逆に丹波路快速で大阪駅まで。

 

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途中の景色も桜で綺麗です。

 

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綺麗になった大阪駅から環状線で森ノ宮駅まで進みます。

 

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かれーうどんがウリの店で昼食。

 

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店を出て、しばらく中央大通を西に進んでいくとマンションの下にもこんな看板が現れました。

 

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そして、その先には難波宮跡公園。

 

後期難波宮の大極殿の基壇が復元されています。ここで周辺を見ながらちょっと休憩。

 

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神町筋との交差点の対角線上にあるのが、大阪歴史博物館。

 

あまり時間はなかったのですが、見てきました。学生証を出して、大学生料金。いやぁ、ダメだって言われたらどうしようかと思ったんですけど、OKでした。

 

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8階のあたりから大阪城を眺めました。時間があれば、あっちも行きたかったんですが、残念ながら、今日は上から見下ろすだけ。

 

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新大坂駅までは、このファンキーなラッピング車両でした。

 

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新幹線に乗って東進。愛知あたりまでは結構いい天気だったんですが、静岡に入るとこんな感じに。富士山の見える側の席をとったんですが、残念。

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と思ったのですが、小田原を過ぎてから、顔を出してくれました。

 

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さて、お勉強ちゃんとできるでしょうか。

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04/07/2016

2016/4/3 奈良から篠山へ

奈良での入学式も終え、ついでなので100名城めぐりもしていこうということで、本日は兵庫県篠山へ。

 

奈良駅からJRの直通快速で尼崎。尼崎からは丹波路快速で篠山口まで行きました。

 

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途中でも車窓から桜を楽しめる絶好の時期でした。

 

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篠山口駅からタクシーで旅館に入り、荷物を預けて篠山城。

 

このお城は、最初から天守はなく、かわりに大書院というものを建てました。写真の真ん中辺りに三角形が見えているのがその屋根です。

 

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ほぼ真四角の堀で、三方に馬出しと呼ばれる突出部が作られました。そのうち2つが綺麗な状態で残っている珍しいお城です。

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左手の桜が標準木。

 

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当日は城内の青山神社の例大祭。おそらく、傘提灯もそのためかと。

 

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大書院の中の一室がお祭り関係の席として使われていました。

 

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大書院自体は、維新の大波を乗り越えたのですが、1944年に失火により焼失しました。これを2000年に復元したものが現在の大書院です。

 

その時に作られた模型です。

 

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こちらは城内の青山神社。

 

篠山は長く青山氏によって治められていました。

 

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この神社のすぐとなりに小振りな天守台があります。

 

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こちらが天守台。

 

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街の中にはお城以外にも見どころがいろいろとありました。ここは旧裁判所を使った美術館。

 

木造の裁判所としては日本最古だそうです。

 

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こちらは馬出しの土塁部分。

 

そこそこの高さの土塁です。

 

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ちょっと見にくいのですが、左手の広場のようなところが馬出しの曲輪部分。

 

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篠山といえば、猪ととろろ、黒豆。ということで、街中にそんな看板がいっぱいあるのですが、一番の迫力はここでした。

 

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このあたりの猪の猟期は11月中旬から3月中旬ということですが、その関係でしょうか、このお店も春から秋は休店だそうです。

 

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泊まったのはこちら。ぼたん鍋的なシーズンオフだからでしょうか、本日の宿泊は私達ともう一組。ゆったりさせてもらいました。

 

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夕食はもちろんぼたん鍋と地酒、朝食には麦とろをつけてもらい、満足でございました。

 

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04/06/2016

2016/4/2 奈良で

今回、奈良には2泊したのですが、残念ながら同じホテルでの連泊ができませんでした。

 

ということで、朝一番にホテルの食事を済ませてから、まず次のホテルまで荷物を持って行きチェックインの手続きだけして、荷物を預かってもらいました。ま、歩いて数分のところ出し、天気も良かったので大した手間ではなかったんですが、ほんのちょっとめんどくさくはありました。

 

近鉄奈良駅から電車に乗り、大和西大寺で乗り換え。

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向かった先は、奈良大学。

 

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え~~っと、本人の入学式です。

 

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通信制の学部に学士編入しました。さて、ちゃんと卒業までたどり着くんでしょうか。

 

お昼は学食。

 

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昼食後、学内の小さな博物館などを見学してから、奈良市内に戻ってきました。

 

もう2時位だったので、あちこち動かずに興福寺一本勝負。

 

ちょうど桜も満開となり、いい具合の人出でした。外国人も多かったのですが、西洋人が多いなぁという感じ。

 

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ザクザクとある国宝群を楽しませてもらいました。

 

以前にもこちらで見ていますが、阿修羅像をはじめ東京の博物館で見るのとは違ったイメージです。

 

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奈良国立博物館が半分以上が閉館していたので、中には入らなかったんですが横にある仏教美術資料研究センターが無料公開されていたので、見学してきました。

 

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少し足を進めて春日大社までと思ったのですが、飛火野をちょっと越えたあたりの茶屋で捕獲されてしまいました。

 

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結構疲れたので、この辺りでホテルに帰ることにしました。途中で赤膚焼のギャラリーに寄ったり翌日の朝ごはん用の買い物などをしつつ、20分ほど歩いてホテルに帰着。

 

新入生は、結構疲れたのでホテルの大浴場(ってほど大きくはなかったんですが)でリラックス。

 

晩ごはんは、良さそうな焼き鳥屋があったのでそこへ行こうと思って歩いている途中で、この看板に惹かれてしまい。やまと屋に入店。

 

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いやぁ、お酒も食べ物もとても美味でした。鹿のフライ、筍ご飯などなど。スクーリングの時にまた来てみようとメモ。

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04/05/2016

2016/4/1 奈良へ

所要があって、奈良へ行ってきました。

 
新横浜から新幹線でまずは京都駅まで。
 
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おやつをつまみながら読書など
 

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写真だととても見えにくいんですが、白い雲の中に浮かぶ白い富士山が綺麗でした。

 

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京都駅に到着。昼時だった、というより、これも目当ての一つだった駅構内の松葉。さて、何を食べるかな、と思った瞬間に自分のものも含めて何台もの携帯がビョンビョンと鳴き出しました。
 
地震警報。
 
久しぶりに聞いてちょっと動揺しちゃいました。が、周りの人はみなスルー。

結局、三重の方が震源でしたが被害もなく、結果オーライ。

 
オーダーは、相方が狙い通りにしんそば、
 
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私は、ちょっとおつまみでお酒を頂いてからそばをいただきました。
 

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ほう、

 

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近鉄で奈良へ向かいます。

 

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宿泊は奈良駅のそばなんですが、その前に(大和)郡山城へ。

 

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現地ではちょうどお城まつりの期間中。生憎の小雨でしたが、桜が8部咲きくらいでいい感じです。

 

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数年前から崩落の危険があるということで天守台の発掘調査、補修工事が続いています。以前は天守台のあたりも木が多く植えられていて石垣を痛めていたようですが、それも撤去され、見晴らしも良くなっています。

 

天端(石垣の一番上の線です)が凸凹なのは、他の部分の工事用に取ってっちゃった名残だそうです。

 

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小雨の金曜日の午後なので、人出はまだまだ少なかったんですが、こんな出店も。

 

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大和郡山の町中をJRの郡山駅に向かって歩きましたが、水路と道路が一体化してなかなか綺麗ですが、夜は間違って落っこちてしまいそうで怖いなぁ。

 

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福島県じゃありません。

 

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ここから、JRだと隣の奈良駅まで移動。夜は、これも念願だった蔵というお店で美味しいお酒と食事を頂いて一日目終了。

 

明日は本番だ。

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01/24/2016

伊江島

2016/1/19 から沖縄に行ってました。

今回は、そのうちの伊江島編。沖縄本島の本部半島から9kmほど離れたところにある島です。

その中央付近にある伊江島タッチュー(城山)の特徴ある形で遠くからでもすぐにわかる島です。前から行きたかったんですが、今回やっと渡ることができました。

まずは泊まっているホテルから本部港までドライブ。そこから30分ちょっとの船の旅です。

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村営フェリーです。「ぐすく」とは「城」の意味です。城山からなのでしょうね。

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目の前の瀬底島をかすめて東シナ海へ出ます。

 

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ちょっと揺れましたが、この日は35分ほどで伊江港に到着。

↓は⇨で見るとパノラマになりますよ 伊江港

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最初の目的地までは歩いいて行きましたが、道は真っ直ぐだ

 

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で着いたのがこちら「ヌチドゥタカラの家」。反戦平和資料館です。いろいろな立場の人にそれぞれ主張はあると思いますが、やはり重いです。

 

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タクシーを呼んで、タッチューへ。 

 

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二段階になってますが、屈曲点のあたりに展望台があり、ここまでは車で一気にいけます。 

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全体で172.2m程度なんですが、ここから上の傾斜がすごい。とても珍しいオフスクレープ現象によるものということですが、海底からここまでどのくらいの時間があれば上がってこれるのか。

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何はともあれ、登ります!

 

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まぁ片道10分くらいなんですけどね。

頂上からの360°展望はこちらで タッチュー!

遠くに伊江島空港、そしてまだまだ広い米軍接収地が見えます。

頂上には、四等三角点が置かれています

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展望台のそばには、拝所があります。城としての詳しいことは、発掘調査も進んでいないために、まだよくわかっていないようです。

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街まで下りてきて、すずらん食堂で昼食。手前がポークたまご、向こう側が焼きそば。いわゆる沖縄そばの麺なので結構なボリュームです。

謎の泡汁つき。 

 

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伊江島は沖縄戦で激しい戦闘が行われた土地です。沖縄戦で犠牲となった島民、軍人合わせて約3500人をまつった芳魂之塔があります。

 

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塔の近くには、島村屋住居跡が復元されて(で、またほぼ朽ちていますけど)いて、こちらを訪ねて、お茶とお菓子、黒糖でくつろがせていただきました。

 

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で、そこにはハブの「生態」を見ることができるというものがあるんですが。

これね、怖いんですよ。

飼育箱の上段はハブの皆様と数匹のネズミ(ハツカネズミかな、白くて小さいの)が一緒になってます。ネズミはちょろちょろ動いてるんですが、あれって、餌?

 

下の段はネズミの飼育用らしく、数十匹あらっしゃいます。あえて中が良く見えない写真を置いておきます。

 

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ここにいる間、キャーキャー言う子供の声が聞こえていて、いったい何が起きているのかと思ったんですが、振り返ってみると城山が見えます。直線距離で4、500m離れているんですが、頂上で叫んでいるのが聞こえてきているんです。手持ちカメラのズームで撮ってみたらこの通り。

 

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ここからのんびりと伊江港まで歩いて行き、最終のフェリーで本当に戻ったのでありました

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06/05/2012

線路に挟まれたホテル

昨夜から京都のホテルに泊まっています。

今回泊まったのは、近鉄のホームの上に乗っかっています。そのおかげで、とっても長細い。

# 駅の上のホテルのおなじみパターンですね

出張が決まったのが割とギリギリで、楽天で探したら、ポコンと出てきたのが今回のプラン。チェックインするまで、どんな部屋かわからない。シングルかもしれないし、ツインかもしれないし、ダブル、トリプルかもしれない。まぁシングル以下には絶対ならないんで、大歓迎。

結局今回はダブルの部屋でした。これで5000円ちょっとだから、文句なし。天気が悪くても建物の中だけで移動できるので、便利便利。

晩飯も、朝ごはんも駅ビル内で済ませました。 

# 書き物の仕事をしていたんでね

で、この細長い建物の両側が線路に挟まれてます。ですから、どの部屋でも電車見放題。
私の部屋からは、近鉄のホームと、新幹線のホームの端っこと線路が見えてます。結構楽しい。


さてと、しかたないので、そろそろ仕事に出かけようかな

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06/03/2012

近江城攻め しょの4

いよいよです。

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安土城址の碑を見ながら曲がっていくと、綺麗な建物。

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ここに自転車をとめて、さぁ登るぞ。

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入山料金(總見寺に入ることになるんですな)500円を払って(このあたりが大手ですね)前を見ると、


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石段

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石段

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ず~~っと、歩いて行きます。途中の石垣などとても面白かったんですが、写真を載せ始めるときりがないので、エイヤッとカット。

天主跡でございます

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いやぁ、ここからの景色素晴らしい。当時は、城の周りは水だったので、もっとすごい景色だったんでしょうね。まして、天主の上から見たらどんなだったんでしょう。

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宴会をしているおっちゃのばちゃんたちの横でしばらく写真なんぞを撮ってから下ります。

途中で上りと違うルートに入り、三重塔、二王門を経由して下山。

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途中で、やっぱり膝がちょっと厳しくなりそうだんですが、なんとかごまかしました。で、下まで来たらこんなものがあった。

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気が付かなかった。借りればよかったですよんほんと。

この後は、駅まで戻って自転車を返却。結構ヘロヘロになっていたので、コーヒーを飲めるところを探していたら、駅の反対側の城郭資料館で発見。電車の時間までの調整にも都合がよかったので、一服。

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最後は信長殿に挨拶をして、米原経由で帰宅したのでした。

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今度は、万全の体調で観音寺城と安土城に再度挑戦したいものです。

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